単独エントリではお久しぶりです.N2Oタンクの中の人です.
ここ数日怒りが収まりません.はいそうです,事業仕分けの件です.
各方面から非難囂々の事業仕分け,5日目に宇宙開発系の話があったようです.
結論としては,HTV,衛星を10%削減,GXを廃止という方向だそうです.
・・・なるほど,一番切ってはいけない分野から攻めよう,というわけですか.
最近はもう民主党は「国売り」をしようという意図を隠そうともしないようです.
某CAMUIの中の先生も似たような事を仰っていましたが,現代において国力を削ぐ最も確実な方法は,その国から科学技術を奪う事です.もちろんタダで奪える訳もありませんから,目先に餌をばらまいて目くらましにするのが手っ取り早いでしょう.素人でも考えつきます.
宇宙を志す者としてHTVの持つ有人への可能性も,宇宙探査の意義も,物申したい事は八ッ場ダムの容積ほどもありますが,エンジン屋さんらしくLNGエンジンについて語りたいと思います.
ものすごく長くなりますが,語らせてください.
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GXロケット自体は,まあ切られるだろうなあと予想はしていました.計画自体が政治的な意図によって組み立てられているので,無理に無理が重なってまともなプロジェクトと認める人はいませんが,それでも基幹技術であるLNG(LiquidNaturalGas:液化天然ガス)エンジンに関しては,評価する人の多いところです.
LNGエンジンのメリットとして,以下の点があげられます.
・炭化水素系燃料に共通の特徴として,大推力を容易に取り出せる.
・日本で実用化されている液体水素に比べ密度が高く,ロケットの小型化が可能である.
この2点からは,地上打ち上げ用ブースターとして向いている事が考えられます.
また,液体酸素とさほど大差ない沸点であるため,適切な断熱によって長期保存が可能という特徴があります.この利点を生かして再着火が可能なエンジンを開発することで,同一のロケットで様々な軌道へ衛星を投入できる第二段を開発する事が出来るようになります.事実,現在コンステレーション計画を進行中のNASAがこの特性に着目し,新しい月着陸船にLNG系のエンジン(実際はここからメタンだけを取り出して使用するつもりだったようです)を開発していましたが,予算の都合上カットされたようです.科学探査を目的としてエンジンだけを頼りに月面に精密着陸させるのですから,その制御には困難が予想されます.LNGエンジンはこのように細やかな制御にも向いていると考えられます.(従来までこのような用途には自己着火性を持つ推進剤が利用されていましたが,人体に非常に有毒であるという欠点を持っています.)
さらに,LNGの成分は産出地にもよりますが,大部分をメタンが占めます.メタンは非常にありふれた可燃ガスで,非常に単純な分子構造であることから燃焼特性が良く,燃焼の可視化実験等によく用いられます.現在ロケットエンジン用途として実用化されている燃料であるケロシン(灯油のようなものです)は,常温液体で取り扱いが簡単ですが,いざロケットエンジンに用いようとすると非常に燃焼特性が悪いという欠点を持っています.現在実用化されているケロシンエンジンでマトモな燃焼が出来ているエンジンは少なく,そのどれもが極めて高い燃焼室圧力でもって無理矢理燃やしているというのが現状です.LNGはこの点非常に燃焼特性が良いので,開発費をずっと低く抑えられる可能性を持っています.
このように,LNGはその燃焼をモノにするだけで,非常に多くの発展要素を持つ燃料であると言われています.恐らくは,仮に日本が本気で有人宇宙開発をやるつもりなら,絶対にはずせない要素技術でしょう.
日本は衛星打ち上げ技術を持っており,最近は人が入れる余圧区を飛ばす技術も獲得しましたが,それが即,人を飛ばせる技術には繋がるわけではありません.昔はそういう時代もあったらしいですが,長らく戦争から離れ軍人がおらず,人死にが出る事に対する責任の扱いに慣れていないこの国ですから,何よりもまず「絶対確実に帰ってくること」が要求されます.(大抵の民主主義国家では同じ結論に辿り着くでしょうが,日本ほどそこを重視する国も無いんじゃないか,と思います.これは私はむしろ良い傾向だと考えています.)
ロケットという非常に物騒な代物に人を乗せるにあたり,上記目的を達成するための最も確実な手段は,どの段階からも人を脱出させられるシステムを用意することです.この方針から行くと,固体ロケットの採用はまず最初にはずれる選択肢です.固体ロケットは大推力かつ取り扱いが容易で地上打ち上げに適していますが,一度燃焼を開始するともう止めることが出来ません.何か間違いがあったときにその根本原因を取り除くことが出来ない訳ですから,人に出来ることと言ったらもうとにかく逃げることしかありません.これではアボートシステムの構築は困難でしょう.つまり,有人打ち上げ機はすべからく制御の容易な全段液体であることが求められます.
しかし,現在日本が実用化している液体酸素/液体水素エンジンは,大推力を出すことが困難な為,地上打ち上げには不向きです.おまけに液体水素は比重が軽く,最も大量の燃料を消費する第一段が巨大になるため,構造効率が悪化します.ですから,「常識的な設計の」有人打ち上げロケットは,全段液体で,かつ第一段に推力の得やすい炭化水素系燃料を採用しています.ここで,LNGエンジンに繋がる訳です.
あえて脇道に逸れますが,ハイブリッド屋として「ここでハイブリッドブースターですよ」と繋げたい所ですが,私個人としてはハイブリッドの利点は「シンプル・安価であること」と考えているので,必ずしもそこに繋がるとは思っていません.ハイブリッドの真価はどちらかといえばもっとずっと小型のロケットで生きると考えています.
あと,更に脇道に逸れますが,スペースシャトルは常識的な設計の有人機ではありません.その詳細は書店にでも行って松浦晋也著,「スペースシャトルの落日」を求めてくると良いと思います.理由は1.ハネが付いてること.2.機体丸ごと再利用であること.3.人貨混載であること.4.脱出手段が無いこと.の4点に集約されます.システムの全否定ですが躊躇いません.
つい最近国交相が有人宇宙開発に興味を示していたので,GXは潰されてもLNGエンジンは生き残るだろうと予想していたのですが.どうやらかなり雲行きが怪しいようです.一応,「エンジンについては再検討」ということになっていますが,どうにもこのスピード判断を見ると,そこまで深く考えているとは思えません.大方H-IIAの上にくくりつければ飛べると思っているんでしょう.
現在,ロケット燃料としてLNGやメタンガスを実用化した例はありません.宇宙輸送分野で後塵を拝する日本が,唯一世界に先駆けて実用化にこぎ着けようとしている分野です.「誰もやったことがない分野を突き進んでいる」という事もまた,重要です.この燃料の燃焼を正しく理解し,ノウハウを蓄積する事が,今後日本が宇宙輸送で食っていけるかどうかの分かれ道になると考えています.ひいては世界に対する日本の開発力のアピールにも繋がります.
エンジン開発とは,継続です.そこに飛躍はありません.
直近の需要による短期計画ではなく,長期的な視野にたって必要と思われる技術蓄積を続けることが,エンジン開発を行う最も優れた方法です.
いちエンジン屋として,権限を持つ方々に,理解を願うばかりです.