2009年8月29日土曜日

能代宇宙イベントまとめ(速報)

どうも。

渡航後半から疲れ果てて更新を諦めた3DCADの中の人です。
みんな、生中継見てたよね?

イベントも終了し、バス組は全員無事に大学まで帰還しました。
デミオチームも生きているみたいです。
ビッグスクーターの人は電話しても出ませんでした。
無事だと良いな。

と、いうわけで、記憶が残っているうちに能代イベントの記録をまとめておきます。
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1日目
8月19日。
朝7時半に大学に集合し、バスで秋田県能代市に向けて出発しました。
パンダが寝坊。
ギリギリ日暮れ前にまごころ荘まで到着したので、例年よりは少し早かったのかな?
宿の看板は「ころ荘」になってました。

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2日目
本来はランチャ隊(先遣)や観測隊が射点で準備する予定でしたが、高校生イベントのため進入許可が下りず、宿で待機。
メカ部屋では嵐のようにH-19/20の分離試験。
1日にこんなにたくさん分離試験をしたのはうちの団体では初では?
(19/20あわせて13回くらいやったのかな?)
結局、この日が渡航期間中もっとものどかな1日でした。

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3日目
この辺から記憶が曖昧です。
公民館でH-19のリハ&参加大学同士の技術交流会(カンサット含む)
リハでは19のメンテナンスハッチの便利さが鱗片を見せる。

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4日目
8月22日
H-20リハーサル
機体チームは初の会場入り。
会場は去年からより快適に整備されていました。
トイレに消臭剤が常備してあったり、手を洗うための簡易シャワーボトルがあったり。
風車は止められているのか、ほとんど動いていませんでした。

H-20のリハでは僕はイベント会場で飲み物の販売を手伝っていたので、ランチャまわりの動きがどうだったのかは分かりません。

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5日目
H-20打ち上げ当日。
機体組み立ては特に問題なく、宿を出発。
(余談ですが、今年は19/20合わせて5回ものシーケンスのうち、組み立てに問題が生じたことは1度もなかったように思います。進歩したものですね)

X-10minまでクリティカルな問題もなく進行し、最終シーケンスに突入。
しかし、N2Oの冷却充填時にノズル付近からN2Oの生ガス(白い煙)が漏出するのが見え、PM判断でシーケンス中断。

トラブルシューティングモード宣言の後に燃焼班が射点に進入、調査したところ、タイストラップを固定するためのランチステムステムのボルトが外れたのが原因で、ランチステムが抜けたと判明。

この調査の途中、ランチャに固定されたジャンパピンを外さずにロケットを持ち上げたため、機体からJPが抜け、分離回路が動作を開始。
数秒後、分離機構が動作し、ランチャ上でノーズコーンおよびパラシュートが放出。

分離機構のリロードおよび内部搭載機器のメモリーリセットのため、急遽、X時刻を再設定し、イベント会場にて機体の分解、再組み立てを行うことを決定。

ハイエースを臨時の組み立て場とし、組み立て作業を行いました。
会場での機体再組み立ては東海大では初めてのはずです。

内部機器のリセットと機体組み立てを完了させ、再度ロケットを射点に運び入れた頃、イベント運営側(シミュレーションの中の人)から雷雲が急速に接近しているため打上を中止にする、という通告が。
雨雲レーダーでは会場の海側30km程度のところに大きな雨雲が発生。
準備所からは風車の向こうの海上に、雨を降らせながら会場に接近する雨雲が目視できました。

金属製で5m程あるランチャは格好の避雷針となり、付近で作業するのは非常な危険を伴います。
あと30分で打ち上げられる、というところで、落雷を避けるために無念の撤退となりました。

東海大だけでなく、隣の射点にいた筑波大やイベント会場まで含めて、雷と雨を防ぐために全力で撤収作業が行われました。

全ての物品を宿に運び入れた直後、雷の音と共に雨が降り始めました。
撤収開始があと数分遅れていたら、いくらかの装備と何人かのメンバーは雨に濡れていたことでしょう。

この時点でリハも含め、計4回もの打ち上げシーケンスをこなしていたメンバーには疲労の色が見えました。
イベント側の代表者会議で打ち上げのウィンドウが協議され、25日に予定通りH-19を打ち上げ、予備日の26日にH-20を打ち上げることになりました。

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6日目
翌日にH-19の打上を控え、19チームは直前準備。
H-20チームは再打ち上げに向けてつかの間の休息でした。
パンダとエポキシの中の人が疲れ果てていたのが印象的です。
H-19は予定を変更し、夜のうちにギリギリまで機体を組み立てておくことになりました。
疲労困憊の状態で時間に追われながら早朝に組み立てるのはイヤですからね。
分離機構も夜のうちにリロードし、1晩放置してからの打上になりました。

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7日目
8月25日
H-19打ち上げ
前日のうちに機体をほぼ組み上げておいたおかげで朝は比較的楽でした。
それでも結構時間がかかってしまったので、予定通り1から組み立てだったら間に合ったかどうか・・・。
(当初の予定でもエンジンセクションは組んでおくことになっていましたが・・・ )

ランチャ立ち上げ後、GSEシステムに不具合が見つかり、一時シーケンスが中断。
原因は電気系の接触不良とか。

H-20と同様、搭載計器のメモリが一杯になってしまいましたが、ここで19のメンテナンスハッチが大活躍。
搭載計器の中の人(M1)が作ったこの計器、実はメンテナンスハッチからケーブルを接続し、内部のマイコンにアクセスできるのです。
計器の人から借り受けたThinkpad X31を手に、エレキの1年生がランチャ上で内部のメモリをリセットします。
このハッチがこんなに役に立つとは思いませんでした。

GSEの不具合も解消し、シーケンス再開。
今回はN2O充填もうまくいき、H-19はすさまじい加速で青空に吸い込まれていきました。

かなり高く感じた弾道の頂点付近でパラシュートも無事開傘。
上昇中にスピンしたのか、フィンが太陽光を反射して何度かキラキラ光っていたのが目に焼き付いています。

海側から吹く風の中、パラシュートごと風に流されたH-19は軽く慌てふためく準備所の頭上をゆっくり通り越し、東側の林の中に。

ただ回収はスムーズに進行し、無事に機体を回収することが出来ました。
(秋○先生、昨年に引き続き、ほんとうにありがとうございました。来年は近距離回収できるように頑張ります・・・)

機体はほぼ無傷で搭載した電子機器、小型デジカメのデータも全て記録できていたようです。

シーケンスの最後に一度中断してトラブルシュートし、再度の打上で吹っ飛んでいく。まんま、H-12のあとをなぞってくれました。
あのときは、トラブルシュートはいわゆる「神様に近い人々」(歴代の先輩方)の力を借りなければなりませんでしたが、今年は現役メンバーだけでこなす事が出来ました。
少しは進歩したと言えるでしょうか?

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8日目
8月26日
H-20再打ち上げ
能代を去る前日の打ち上げです。
思えば、3日目のH-19から数えて5日目、計7回目のシーケンスになります。
(H-19の中断も1回とカウント)
メンバーの疲労もかなりのレベルのはずですが、みんな気力は十分にありました。

結果から書くと、H-20は頂点付近でノーズコーンの分離には成功したものの、パラシュートの展開に失敗して弾道落下。
機首側から地面に激突して大破しました。
詳しい原因は解析会議を待たなければなりませんが、僕が撮影した写真では機体がパラシュートに頭を突っ込んでいたように見えました。

回収に同行しましたが、機体は1/3程が地面に突き刺さり、中程でぽっきり折れた機体のエンジン側が横たわっていました。
泥の中に突き刺さって大破した機体の破片と残骸を回収しましたが、分離回路のEPROMなど一部は回収できませんでした。

東海大では国内の大学では最多となる20機のハイブリッドロケットを打ち上げてきました。(うち1機は不点火で飛翔していません)
それでも、いまだに分からないこと、うまくいかないことは沢山、沢山あります。
昔うまくいったハードウェアやソフトウェアをそのまま使い回せば、そうした失敗は防げるかもしれません。
しかし、教育団体であり、また研究団体でもある私たちの団体は、昔の先輩の工夫と努力に頼ってそれを使い続けるだけではいけないと思います。
今いるメンバーが、今ある問題を解決するために知恵を絞り、新しい物を生み出していく。
たとえその試みが失敗に終わったとしても、昔のものをそのまま使うよりもはるかに多くのことを学ぶことが出来るでしょう。
その、自分の力で挑戦していく心こそが、宇宙開発や、社会で役に立つために必要な力なのではないでしょうか。

中の人たち、これにめげずに頑張っていきましょうね。


H-20の回収後、イベント会場ではロケット団体を集めた懇親会が行われました。
各大学自慢のロケットを持ち寄って、BBQやお寿司、冷えたスイカなど、お腹いっぱいになるまで楽しみました。
やはり、他大の中の人と直接話をするのは良い刺激になりますね。

昔やったロケット飲み、またやりたいな。
どうでしょう。中の人たち。

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9日目
最終日

前日夜の宴会で潰れ潰され、2日酔いの中の人も何人かいたようですが、なんとか取りこぼし無く宿を出発することが出来ました。
怒濤のような9日間、まごころ荘の方には本当にお世話になりました。
僕らが活動できるのは、まごころ荘の方や後援会の方、秋○先生や和○先生のように全力で支援して下さる多くの方がいるおかげです。
その辺のところ、しっかり意識していきましょう。

予定よりも1時間ほど遅れて大学に到着しました。
途中、新宿で下車した予想外に多くの中の人たちが心底羨ましく思いました。
新宿が輝いていたよー。

バスに残った人数はなんと12人。
この人数で全ての荷物を下ろさなければなりませんでしたが、バスが作業所の目の前まで入ってくれたおかげで意外とすぐに終わりました。

荷下ろし後、随分人数は減ってしまいましたが、恒例のPMの打ち上げ(胴上げ)を行いました。
例年以上にハードなプロジェクトだったと思いますが、最後までよく頑張ってくれました。
お疲れさま。これからもお願いしますね。

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と、まぁこんなところでしょうか。

3DCADの中の人の記憶に頼って書いているため、事実と異なる部分があるかもしれません。
僕が見ていなかった部分(GSEチーム、ランチャ部隊の奮闘、忘れ去られた光学観測隊の激闘など)についての記述も抜けています。

他の中の人たち、ぜひみんなの能代渡航の思い出を書き込んで下さいな。
楽しみにしています。


>中の人(特に1年生)
この書き込みの中で分からない単語や表現、何がどうなっているのかなど、たくさんあると思います。
分からないところは片っ端から質問して下さい。
僕(3DCADの中の人。誰だか分かるよね?)に直接聞いても、メールしてくれてもOKです。
他の中の人にもどんどん話を聞いて下さい。

勉強会だけでは分からない、実際の話や「コツ」「ノウハウ」など、こういうところから知ることも大切です。
夏休みにどれだけロケットのことを意識したかで、これからの活動が決まってきますよ♪

では。



1 件のコメント:

隆史 さんのコメント...

デミオ組みのグラファイトの人です

帰りはやたらと時間がかかりました
26日P.M7:30頃まごころ荘を出発し、家に着いたのが27日P.M5:00頃でしたからね
22時間近く移動に費やしたわけです

ただ土日の休日1000円と深夜料金で高速代は往復で8000円未満
ガソリン代合わしても1人5000円強と言ったところ、安いです

運転してくださったN20の中の人とランチャの中の人には感謝です